前回の記事では、他人の課題にとらわれないように心に余白を作って、本来の目的を考えるべきだと最後に書いた。
この「余白」というものが、最近の私にとってのひとつのキーワードになっている。
余白というと、紙面や絵などの「何も書かれていない白い部分」をイメージしやすい。要は、使える領域のうち、あえて使っていない部分、余りのことだ。
要約(Gemini Nano Banana生成)
デザインの余白
スライド、LP、ポスターなど、短い時間で重要なことを伝えるメディアのデザインにおいては、余白が重要となる。
デザインの本でよく書かれている話だけど*1、あれもこれも重要だからといって、使える領域いっぱいにぎちぎちに詰め込んでは、結局なにも伝わらない。余白を持たせて、伝えたいことを絞って配置することで、本当に伝えたい情報が立ち上がってくる。
運転の余白
自動車の運転において、車間距離を詰めてしまうと、かえって渋滞しやすくなる。
車は車種によってエンジンも違えば、重さも違う。ドライバーによって、同じ道を走っていても加減速の具合が違う。車間距離が空いていれば速度のばらつきを吸収できるが、車間距離が近いとブレーキを細かく踏んで調整する必要が出てきて、ブレーキが連鎖し、渋滞につながる。
また、先行車の急停止など不測の事態にも対処しづらい。
詰められるからといってすぐに詰めるのではなく、余白を持って車間距離を適切に保つのが、安全で(結果として)速く着く運転方法なのだと思う。
所作の余白
身体動作、特にダンスにおいても余白が重要だと思う。これはダンス教室で、同じ曲を自分が踊り、その後に先生がお手本で踊るのを見たときに、特に感じた。
まず振り付けを覚えるのは当然として、そのうえで動作も余白を持ってできなければならない。振り付けがそもそうろ覚えで「動かせるだけ動かす」だけでは不十分だ。
次の振り付けに向けた予備動作をするとか、音楽の拍に乗せるとか、見ている人に向かって表現する意識をするとか。そういうことのための余白を作る必要がある。
ライブに行ったときにダンスに注目すると、派手で目立つ動きではないのに一流に感じることがある。たぶん、余白を感じさせるからだ。
普段は音楽の拍に合わせるのに必要最低限の動きで、必要なところでは派手な動きもできる。そして、余白でピタッと止めるような細かい身体の制御や、表情・目線の使い方などに意識が向いている。これが一流に感じさせる。
余白を持つ制御ができることが一流
さまざまなところで、余白を持つことがいかに重要かを感じている。一流は、余白を持てるだけの制御ができる。これはあらゆる分野に言えることだと思う。
そして、普段の考え方においても、余白を持つことはとても重要だ。
最近読んだ「武器になる哲学」という本*2では、哲学者に限らずさまざまな分野の偉人の考え方がまとめられている。その中で紹介されていたのが、アメリカの作家・思想家であるナシーム・ニコラス・タレブの「反脆弱性」という考え方だ。
「脆弱」とは、外圧によってすぐに壊れてしまう、耐久性がないことをいう。一般にこれの逆は「頑強」、つまり外圧によって壊れてしまわない(耐久性がある)状態だ。
一方で「反脆弱」は、単に壊れないのではなく、外圧によってむしろ強くなることをいう。ただ単に耐えるのではなく、むしろ強くなる。これが「頑強」と「反脆弱」の違いになる。
何かの外圧を受けてストレスを感じたときに、「まあ、いいか」「まあ、なんとかなるか」と考えること。
他人の課題にとらわれてしまったときに、「まあ、他人の課題だし、決めるのは他人の勝手か」と考えること。
こういった余裕を作ることで、心はとても楽になる。自分が良い・楽しいと思えること、自分のコントロールできることに集中できる。有意義なことに意識を振り向けられるし、何かが突発的に起きても受け止められるだけの余裕を作れる。
ただ、ストレスを受けるようなことは感情を揺さぶるし、他人のことは気になる。……というのが人間の性だと思う。これらは私たちの心をとらえて離さない、悪魔的な力がある。
だけど、そういうときこそ、そこから離れる意識を持って、囚われないように練習していく。これが心の持ち方における「反脆弱」を実現していくことなんじゃないかと思う。
私も余白を持って、一流の人間になりたいね。
*1:ingectar-e「けっきょく、よはく。」 ... 余白をいれることによるデザインの改善が実例とともに分かりやすく紹介されていておすすめ。https://www.amazon.co.jp/dp/4802611692
*2:山口 周「武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト 50」https://www.amazon.co.jp/dp/4046066008
